半田市でおすすめの観光名所「半田運河の鯉のぼり」を360°カメラで撮影してみた

コロナ禍二度目のGW、みなさんいかがお過ごしになったでしょうか?

なかなか出かけづらいこの状況ではありましたが、密を避け、半田市の観光スポット「半田運河」に行ってきました。

半田市を流れる知多半島最大の河川、十ヶ川(じゅっかがわ)の河口部分に開削された運河が半田運河です。半田市では、古くから酒や酢などの醸造業が盛んで、半田運河から廻船で江戸などに運ばれていました。そして現在でも、醸造業に代表される黒板囲いの蔵が半田運河沿いに立ち並んでおり、昔ながらの風景を楽しみながら散策できる観光スポットとなっています。

そして毎年5月5日「子どもの日」の前後には、たくさんの鯉のぼりが運河沿いを泳ぐ姿を見ることができます。なかなか粋な計らいですよね。

今年のGWは雨や強風で散策しづらい日も多くありましたが、ほどよい風の強さを見計らって行き、総勢54匹の鯉のぼりが泳いでいる姿を見ることができました。

青空と蔵のコントラスト、運河に映る景色、そして色とりどりの鯉のぼり達が、春ならではの美しい風景を生み出していました。夜にはライトアップされ、幻想的な風景をあじわうこともできるようです。

そして、静止画だけではなかなか伝わらないこの美しい風景。先日弊社で導入した360°カメラで撮影してみました。

この美しさ感じてもらえますでしょうか?
360°動画は画面をドラッグすることで、上下左右全方位の動画を自分の好きなアングルで見ることができます。臨場感たっぷりな360°動画で、コロナ禍にお出かけできなかった人にもこの美しい風景を感じていただけたらと思います。

ちなみに曲がり角のカーブミラーを見ていただくと、撮影者が一瞬写ります。笑
長い棒(360°カメラ一式)を持って中腰(ブレを少なくするため)で歩く撮影者。そのあやしさが景観を損ねてたらごめんなさい。

半田市に現存する明治期の建築

明治期の印刷物に関連して、
弊社の所在する半田市は、知多半島の中で歴史のある商業都市です。
現在でも由緒のある建築物が保存・活用されています。
近隣にある明治時代の建築物をnoteに投稿しました。
こちらも読んでくださると嬉しいです。

明治時代の印刷物

天保年間に紙の小売を始め、明治19年に活版印刷事業を始めた当社。
昔の印刷物を少し紹介させていただきます。
前回の昭和初期に引き続き、今回はもう少し遡って明治時代のものです。
実物は残念ながらありません。
ですが国立国会図書館にデータ化されたものがアーカイブされていました。
データなので製本方法、装丁は不明です。

各国貨幣度量衡対象録

メートルは三尺三寸と説明されています
販売価格は10銭

明治26年(1893年)1月に出版された書籍です。
鉛活字の活版印刷で製造されています。

明治以降、日本の単位が尺貫法からメートル法に変更されたと記憶していましたが、
実はメートル法に一本化されたのは大正10年(1921年)なのだそうです。
それまでの間、メートル法と尺貫法がともに正式な単位として採用されていた時期があったそうです。

それを定めた法律が「度量衡法」
明治26年1月1日に施行されています。
つまり、この出版物は度量衡法の施行に合わせて出版されたということです。
昔は情報を伝える手段は紙しかなかったでしょうから、
一般の生活者向けにこのような本を出版するということは、社会課題を解決するためにとても意義のあったことではなかったかと思います。

印刷業は情報を伝えるために非常に重要な役割を果たしていたのですね。

奥付に「拾銭(10銭)」とあります。
当時のもりそばが1銭程度だったということですから、約10杯分です。
現在1杯400円程度と仮定すれば、10銭は4000円くらいの価値があったということに
なるのでしょうか。

新四国八十八ヶ所巡拝記

続いて明治27年5月に出版された、「新四国八十八ヶ所巡拝記」。
現在の「知多四国八十八か所納経帳」の原型ではないかと考えています。
これに御朱印をいただいて知多の八十八か所巡りをしていたんですね。
原稿はそれぞれの寺院でいただいたご記帳を使用しています。
版は彫師が彫った木版かと思われます。
おそらく木版を活版印刷機にセットして印刷をしたのでしょう。

洞上の宗義

こちらは明治34年12月発行。奥付から、南知多町内海に現存する曹洞宗の寺院「宝積院」様からのご依頼だったのだとわかります。
タイトルから、お寺(または宗派)の教義を解説された本なのではないでしょうか。
ページ数が少ないので、檀家さんや地域向けに制作されたものではと推測しています。
グーテンベルクの近代印刷技術が世界三大発明の一つとされるのは、聖書を大量に複製した功績でした。それにより識字率が上がり教育水準も上がったからです。
日本でも歴史的に寺院が地域の教育を担っていたという側面があります。この教義書もその活動に貢献していたのかもしれません。


昭和初期の印刷物(戦前の印刷物)

天保年間に紙の小売を始め、明治19年に活版印刷事業を始めた弊社。
昔の印刷物を少し紹介させていただきます。

知多四国八十八か所納経帳

これは昭和11年に発行されたものなのでそれほど古くはありません。
線画のイラストがあるので印刷方法はおそらく石版印刷機。
版は石版(大理石)かジンク版(亜鉛版)か不明です。
知多四国八十八か所納経帳は、
明治時代の創業当初から発行を続けている超ロングセラー商品です。
この納経帳はイラストが入り少し変わり種ですが
おそらく派生バージョンでしょう。

明治時代からほとんど形を変えずに発行されている書籍はあまり例を見ないと思います。
それを考えるととても貴重です。

醸造ラベル

知多地方は古くから醸造がとても盛んなエリア。
江戸時代後期には、世界に冠たる大都市「江戸」で、灘の酒と並ぶ人気を誇ったと言われています。
シェア拡大に貢献したのが、海運業。
当時大量に物を運ぶのは船しかなかったんですね。
半田市には海運で財を成した豪商が多かったようです。
ミツカンで有名な中埜家の本家も海運業だそうです。
当社では明治26年に導入した石版印刷機でラベルを印刷していました。いわゆるリトグラフです。独特の色合いが綺麗です。意匠デザインも弊社。今のようにPCのない時代、制作は面相筆だったようです。

実物は残念ながら残っていませんが、
さらに古い明治期の印刷物が国立国会図書館にデータとしてアーカイブされています。
次の機会に紹介させていただきます。