半田運河で聖火リレーに思うこと

メディアを少しだけ騒がせた半田市の聖火リレー。ジェンダーレスの考え方が広がる中で、伝統文化と女人禁制について考えさせられました。

市内の小学校が一斉に入学式の去る4月6日、半田運河沿いで聖火リレーが行われました。

上半田地区春の祭礼で使用されるまきわら舟「ちんとろ舟」で聖火が運ばれるということで注目となった半田の聖火リレー。半田の祭りが注目されることは嬉しいことです。しかし今回これがニュースでちょっとした話題になってしまいました。

普段祭礼で使用されるちんとろ舟は女人禁制で男性しか乗船できません。これがオリンピックの理念に反すると批判を受け、直前になって女性も容認ということになったようです。

市の説明としては、「祭りの伝統に従い男性のみとしていたが、差別の意図は全くなかった」。

もちろんその通りだと思います。しかし改めて浮き彫りになった「伝統」とは。

地域によっては、祭りの山車や鉾、だんじりに触れてはいけない、引き綱をまたいではいけない、と厳格な慣習が残されているところもあります。

自宅でも「神棚は女が触ってはいけない」と教えられ、幼少の頃から言われるがままに「そんなもんなんだ」と深く考えずに受け入れてきたけれど、改めて問われればなんとなくスッキリしない話。

そもそも「女人禁制の伝統」ってなんだっけ。

いろいろわからなくなってしまったので少し調べてみました。

大相撲では、2018年4月舞鶴市で開催された春巡業で、挨拶中の市長がくも膜下出血で倒れた時に、救命処置をしようと土俵に上がった女性に対して、日本相撲協会が土俵を降りるように指示し、批判が起きたことは記憶に新しいです。この時の相撲協会の説明は、「大相撲は、女性を土俵に上げないことを伝統としてきましたが、緊急時、非常時は例外です。人の命にかかわる状況は例外中の例外です」とした上で、

「協会は女性を不浄とみていた神道の昔の考え方を女人禁制の根拠としている」といった解釈が語られることがあるがこれは誤解である、と答えています。さらに、「神聖な戦い、鍛錬の場」であり、土俵は男の戦いの場という約束ごとも、江戸の大相撲以来の伝統である。と続けています。

「鍛錬をしている者の神聖な戦いの場であるから、そうでないものは性別を問わず上がらないように」というなら理解できますが、「女性は降りて」の根拠にはなりません。「伝統」について深く考えた上での言葉ではないように感じます。

女人禁制の起源は何かよくわかっていないようです。文化人類学者の鈴木正崇氏によると、山地と平地の境界をめぐる民族信仰、異性間の接触を禁ずる宗教的戒律、女性特有の生理を不浄とする宗教的な観念など複数の側面があるそうです。

そしてその中の、女性は不浄という観念が中世以降女人禁制の主な理由として拡がったようです。

冒頭の「祭りの伝統に従い男性のみとしていたが、差別の意図は全くなかった」がまさか「女性は不浄」の古い宗教観によるものとは思えませんが、無意識でも「伝統」のベースにこの観念がいるとすると時代にそぐわない伝統となりそうです。

文化や伝統は理解できます。あまり深く考えることでもないのかもしれません。しかし、世の中が変わっていく中で説明ができた方がいい。そのためには何が背景にあるのかよく考えることが重要なのではと改めて思いました。聖火リレーの一件でも賛否あろうと、きちんと説明ができれば良かったのかなと思います。

若干無理やり感がありますが、仕事に例えるとすると、なんとなく慣例的にやっている作業や手続きって多いですが、なんのためにやっていることなのか、よく考えれば無駄なことが多いのかなと思います。


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