3月19日に、2010年卒業予定の学生を対象とした合同会社説明会に参加してきました。
知多地域の商工会議所が主催とあって、地元での就職を希望している学生さんばかりでした。
私も学生時代この説明会に話を聞きに行って、半田中央印刷に入社したので、
なんだか懐かしくなってしまいました。
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制作の部門長と主任が、グループ企業の話やどんな風に仕事が進んでいくのかを説明してくれました。
予想以上の人が来たので、配布資料が足りなくなって学生さんに迷惑をかけてしまいました。
準備不足を反省しております。
後から地元紙で知ったのですが、参加企業が昨年より減少したのにもかかわらず、来場者は昨年の40%増だったようです。
それだけ学生さんが危機感を募らせているということなのでしょうか。
当社に興味があって採用試験を受けたいという方は、ぜひ5月7日の会社説明会に参加していただきたいです。
ホームページにも掲載していますが、直接プリ・テックまで電話予約をお願いします。
都合で当社のブースに来られなかった方も、電話してくれれば参加できますよ。
場所は西尾なので遠いですが、会社説明会で直接社長の話を聞ける機会は珍しいと思います。
いろんな会社を見て、自分に合った会社に入社できるように願っています☆
by もう4年生


今日は第3弾となります。
これまでは、明治30年に当社に導入されたオフセット印刷機(石版印刷機)を紹介してきました。
今回は印刷方法も異なる活版(凸版方式)印刷機をご紹介しましょう。
活版というと、歴史は長いのですが、実は今でも現役で活躍している印刷会社もあります。何が特長と言いますと、凸版独特の印刷面の力強さ、もっと言えば味?とでも言いましょうか、大量生産に向くオフセット印刷にはない趣があります。ただし、写真表現が必要なカラー印刷は不向きですけど。
さてこの印刷機、通称コロールといった手差し印刷機です。シリンダーで圧をかけ印刷します。版は往復運動をし、竹のあおり棒で排紙をするもの。B4版まで印刷可能。速度は毎時3,600枚程度。光文堂製。
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この印刷機、当時は主に知多新四国八十八ヶ所めぐり奉納経帳を印刷していたようです。展示されている版を見ると、その版がセットされています。版は土台としては木を使っているのですが、表面には銅版を腐食させて作った金属版が貼付けられています。これを職人が1枚1枚手差しで印刷していたというのですから、どれだけ活躍したことでしょう。
光文堂製の銘板を発見
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奉納経帳の版が!
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さて、今日は当社に残る骨董品の第2弾です。
石版印刷機2号機
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といっても、見た目は先日のものとあまり代わり映えしません。ただ、版面が若干大きいですね。
この印刷機には例の石が乗っていません。でも印刷方法は同じようです。ちなみに石というのは石灰石です。
あれ、大きな違いを見つけました。機械の下をご覧ください。モーターが付いています。印刷機は長年使っていくうちに、少しずつ改良を加えていくことがあるようです。もしかしたら、途中で人力では大変なのでモーターを付け、チューニングなんてことをしたのかもしれません。このあたりは生き証人が見当たらないため、わからないままです。
さあ、次回は何が登場しますか。乞うご期待!!


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先日、半田市の教育問題委員会があいさつ運動を促進するために作成した
「天使のつばさピンバッチ」の注文を社内で回覧しました。
結果、予想以上に多くの注文をいただき、規律委員長としてはちょっぴり感激でした。
このピンバッチ、実は当社でデザイン等のお手伝いをさせていただいたものです。
そういったこともあっての注文量だとは思いますが、
それにしても社員のほとんどの方が購入してくれたことはとっても良いことだと思います。
ピンバッチであいさつがバリバリできるようになるわけではありませんが、
購入というかたちで、少しでも社員のあいさつに対する意識が向上して、
普段お世話になっている半田地域のあいさつ運動に少しでもプラスになればと思います。
◎半田商工会議所-新着情報より
http://www.handa-cci.or.jp/news/?ACTLST=detail&CLDLST=1232361213
by あいさつ大好き ハローモーニング規律おやじ


みなさん印刷の歴史ってご存知ですか?
印刷の原型は紀元前の粘土板や印章、拓本らしいのですが、よく活字の始まりはグーテンベルクの印刷術の印象が強いせいか、ヨーロッパと思われがちです。しかし、実は11世紀の半ばの中国と言われているようです。
13世紀の半ば、朝鮮で金属文字(高麗銅活字)が生まれ、そして中国で木版が生まれたそうです。グーテンベルクの鉛活字はその後の15世紀半ばですので活字の誕生は東洋の方が先んじていたと言えます。
印刷方法も木版から銅活字や金属活字などさまざまな変遷を経てきました。そんな中当社は、明治19年に活版印刷を始めてから明治30年にオフセット印刷(石版印刷機)第1号機を導入、印刷機械も今では様変わりしました。今回から数回に分けて当社に残る古い印刷機を紹介したいと思います。
まずは、写真の印刷機。
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なんというたたずまいでしょう。テーブルの上に分厚い石が置かれています。そこにはオフセット印刷の原型となる水をはじく特性をもった文字、絵柄が書かれています。この石に水を含ませてインキを乗せ、紙を押しつけると水を含んだ石の部分はインキが乗らず、水をはじく文字部分についてはインキが付きますよね。だから紙を押し付けると文字の部分だけが転写されて印刷されるという原理です。
この機械、よく見ると製造所は「小西六本店製造」と書かれています。そう、今のコニカの前身です。
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とっても歴史を感じますね。今では自動で印刷してくれる印刷機ですが、当時(明治〜昭和初期)は1枚1枚手で紙を置いて納経帳等を印刷していた様子が想像できます。
当社は明治26年から、この知多半島で始まった「知多新四国八十八ヶ所めぐり奉納経帳を製造・販売してきた歴史のある会社です。先人達の苦労と技術の継承があって今があるんですね。心から感謝し、これからも技術の継承に務めていかなければいけないとつくづく思います。